01領域概要Overview of the Research Area
寄生性扁形動物(吸虫類・条虫類)に代表される大型の寄生虫が引き起こす感染症は、大部分がWHOにより「顧みられない熱帯病」に指定されている。 持続可能な開発目標(SDGs)では2030年までの制圧が目標に掲げられているが、その実現は見通せない。 そもそも、寄生性扁形動物の寄生現象の本質はほとんど何も解明されていない。寄生はどのように成立するのか?寄生適応に必須の因子は何なのか?これらの問いに私たちは答えを持ち合わせていない。答えがなければ、対策を講じることができないため、医学・獣医学領域では寄生虫疾患が長らく放置され続けてきた。 研究上の障壁は「大型の寄生虫の試験管内(in vitro)培養は不可能」とされてきたことである。1980年代に種々の寄生虫についてin vitro培養が試みられたが、大型の寄生虫では悉く失敗におわり、基礎的研究に必要な実験アプローチ法に乏しい時代が長く続いた。
最近、我々は、寄生性扁形動物の祖先とされる自由生活性扁形動物(プラナリア)の研究班を含む学際融合研究チームの叡智を結集して、吸虫の一種である肝蛭(かんてつ)を実験モデルにin vitro培養系の創出に成功し、研究上の障壁をついに突破した。「吸虫がin vitro培養できる」という発見は、感染症学・寄生虫学の常識を覆すパラダイムシフトである。
本研究領域では、ひとまず研究対象を吸虫に限定して、in vitro培養技術に基づいて寄生現象の本質を紐解くが、研究成果の波及効果は条虫類や寄生性線虫類にも及び、将来的に学術変革領域研究(A)につながる新しい研究概念が創成される。我々が創造するパラダイムシフトにより、寄生虫学研究が飛躍的に発展すると確信している。
達成目標Objectives
A01哺乳類班
A02プラナリア班と連携し、有性化因子添加による性成熟を実現する。
A02プラナリア班
アンタゴニストの開発は新規感染防御戦略(伝播阻止薬)の開発に繋がる。
A03巻貝班
これらは、爆発的な個体数増加を遂げる無性生殖世代の制御法を開発するための基盤情報となる。
A04遺伝子改変班
これに成功すれば、in vitroで吸虫を自在に操る基礎研究・応用研究が可能になる。
A01哺乳類班Mammalian Unit
吸虫のin vitro培養系の完成 ―網羅的解析を駆使した哺乳類体内の発育の再現
- 関 まどか( 岩手大学 獣医学部 )
- 古川 亮平( 慶應義塾大学 文学部 )
本研究班は、肝蛭の感染幼虫の初期発育と性成熟の一部をin vitroで達成した。性成熟を達成した鍵物質はA02プラナリア班が見出した有性化因子であった。いずれも世界初の研究成果だが、現状の培養系には発育限界があるため、哺乳類体内の発育を「正確」に模倣したとはいえない。
そこで本計画研究では、網羅的解析を駆使して、哺乳類体内に匹敵する発育を支持する因子を見出す。それらを基に培養系を改善して、哺乳類体内の発育を再現したin vitro研究基盤を完成させる。これにより、創薬・ワクチン標的分子の探索を含むあらゆる基礎研究、応用研究、研究開発が可能になる。
A02プラナリア班Planarian Unit
プラナリアから寄生虫へ ―生殖戦略転換の鍵物質、有性化因子合成経路の分子進化の解明
- 関井 清乃( 慶應義塾大学 商学部 )
- 小林 一也( 弘前大学 農学生命科学部 )
- 坂元 君年( 弘前大学 農学生命科学部 )
吸虫類の生殖戦略転換の鍵物質である有性化因子の合成経路の分子進化を解明する。自由生活性の扁形動物であるプラナリア有性化系をプラットフォームとして有性化因子の構造決定と有機合成を行う。
また、トランスクリプトーム解析から有性化因子生合成に関わる遺伝子群を推定し、有性化因子の構造に照らし合わせて有性化因子合成酵素を同定する。
さらに、A01班との領域内共同研究として、吸虫類の有性化を阻害する有性化因子アンタゴニストを有機合成する。アンタゴニストの発見は新規伝播阻止薬の開発に繋がる。
A03巻貝班Snail Unit
肝蛭人工発育モデルの確立と感染制御への挑戦 ― in vitro発育システムの開発
- 王寺 幸輝( 奈良県立医科大学 医学部 )
巻貝体内での無性生殖では圧倒的に個体数が増加する。したがって、肝蛭の防圧には、無性生殖世代でライフサイクルを断ち切ることが最も重要になる。本研究班では、まず巻貝体内の幼虫の動態を解析する。
また、巻貝由来タンパク質、細胞外マトリックスの抽出・同定により発育環境の成分を解析し、幼虫の in vtro 培養系を設計する。
これらの研究成果により、巻貝体内の幼虫の発育阻害による世界初の吸虫症感染制御法の構築を目指す。
A04遺伝子改変班Genetic Modification Unit
宿主体外での寄生虫操作による遺伝子改変肝蛭の作製
- 高島 康弘( 岐阜大学 応用生物科学部 )
- 斎藤 太蔵( 岐阜大学 応用生物科学部 )
肝蛭をはじめとする寄生性扁形動物の病原性、薬剤耐性あるいは寄生戦略を司る寄生虫側の因子はほとんど分かっていない。これは偏性寄生性という複雑な生活様式が障害となり、ノックアウトやノックインといった遺伝子改変技術の開発が遅れていることに原因がある。
本研究班では、いったん宿主から取り出した肝蛭の生殖細胞・胚細胞に遺伝子改変を加え、操作済みの虫体を培養系を用いて維持・成熟させ、遺伝子改変された次世代の虫体を得ることを目指す。
このような技術の確立により、寄生性扁形動物の特定遺伝子の機能解析が可能になり、これまで不可能であった発育責任遺伝子の正確な同定が実現できる。